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七十九番札所 天皇寺(てんのうじ) 讃岐に地に崇徳上皇の夢の跡 #79 Tennoji

1156年後白河天皇と崇徳天皇との保元の乱で、敗れたのち讃岐の地へと送られ、崩御された後、この天皇寺に安置されていたとのこと。
大河ドラマ、平清盛をみていると、讃岐に幽閉されていた崇徳皇が舌を噛み切っって流した血で呪いの経文を書き、「死してのちは日本一の大怨霊となって、先々皇室を呪ってやる」というシーンがありました。俳優の井浦新さんの迫真の演技はなんともいえない!ブルブルするはまり役、役者魂がWOWでした。

伝承によれば、古代に南海の大魚を退治しに向かった讃留霊王ら88人の兵士が大魚に船を呑まれて倒れたとき、横潮明神が泉の水を持ってあらわれ、その水を兵士に飲ませた。すると、全員が命を吹き返して助かったという。それからこの泉は「八十場(やそば)の霊水」と呼ばれるようになったという。(弥蘇波から転じたとの説もある)その後空海(弘法大師)が八十場の泉を訪れたとき、十一面観音、阿弥陀如来、愛染明王の三尊像をつくって堂を建て安置し、また、薬師如来を刻んで安置し金山ノ薬師として札所となり、そして七堂伽藍が整い、明治初年に廃寺になるまで摩尼珠院妙成就寺(まにしゅいん みょうじょうじゅじ)と称した。
寺号の「天皇」は崇徳上皇に因むものである。保元の乱で敗れた崇徳上皇は讃岐国阿野郡西庄村に配流となり、長寛2年(1164年)の旧暦8月26日に死去した。上皇の亡骸の処遇について京から返事の使者を待つあいだ、金棺を冷たい八十場霊泉に浸し、清水をかけ続けたところ、21日間すぎたのちも上皇の顔はまるで生きているごとくだったという。やがて返事が届いて上皇は荼毘に付された。その跡である此所に崇徳天皇を勧請し御廟が建てられ隆盛し七堂伽藍と多くの塔頭が立ち、いつの頃か札所は金山薬師から崇徳天皇社とその別当妙成就寺となった。ゆえに人はみな妙成就寺は「天皇寺」と呼び、崇徳天皇社は「天皇さん」と親しまれるようになった。また、このあたりを「天皇」という地名で呼ぶようになったが、恐れ多いので「八十場の霊水」から名をとり、現在は「八十場」と呼んでいる。
明治初年の神仏分離令によって崇徳天皇社は白峰宮と改称し、妙成就寺は廃寺となった。そして、七十九番札所は、近くにあった末寺の高照院が移転して引き継いだ。

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寺伝によると、天平年間に金山の中腹に、行基菩薩によって開創され、弘法大師によって荒廃した堂舎を再興されている。大師が弘仁年間(810〜24)にこの地方を訪ね、弥そ場という沢水が落ちる霊域にきた際、ひとりの天童が現れて閼伽井を汲み、大師にしたがい給仕をした。この天童は、金山を鎮守する金山権現であった。天童は、永くこの山の仏法を護るようにと誓って、持っていた宝珠を大師に預けた。大師はこの宝珠を嶺に埋めて仏法を守護し、その寺を摩尼珠院と号した。大師はまた、弥蘇場の霊域にあった霊木で本尊とする十一面観世音菩薩をはじめ、脇侍として阿弥陀如来、愛染明王の三尊像を彫造し、堂舎に安置した。この本尊の霊験が著しく、諸堂が甍をならべ、境内は僧坊を二十余宇も構えるほどであった。

保元元年(1156)7月、崇徳上皇(天皇在位1123〜41)は「保元の乱」に敗れ、京都・知足院に入られて落飾された。直後の同月23日、上皇は讃岐国に遷幸されるよう勅命があり、末寺の長命寺本堂を皇居と定められた。上皇は、阿弥陀如来への尊崇が深く守護仏とされていたが、長寛2年(1164)御寿46年で崩御された。二条天皇(在位1158〜65)は、上皇の霊を鎮めるため崇徳天皇社を造営、また、後嵯峨天皇(在位1242〜46)の宣旨により永世別当職に任じられ、現在の地に移転された。 明治新政府の神仏分離令により、摩尼珠院は廃寺とされたが、天皇社は白峰宮となって初代神官には摩尼珠院主が赴任した。明治20年、筆頭末寺の高照院が当地に移り、金華山高照院天皇寺として今日にいたっている。

第79番札所 金華山 高照院 天皇寺
きんかざん こうしょういん てんのうじ

宗 派: 真言宗御室派
本 尊: 十一面観世音菩薩
開 基: 弘法大師
創 建: 天平年間(729〜749)
真 言: おんまか きゃろにきゃ そわか
住 所: 〒762-0021
香川県坂出市西庄町天皇1713-2
電 話: 0877-46-3508
駐車場: 普通、マイクロバスは境内の東。
大型は県道33号沿線を利用している
宿 坊: なし

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渡部雅泰ライター
こんにちは、四国愛媛在住でITの会社を生業としています。元旅行マンなので世界遺産に登録候補になっている四国八十八カ所を廻ることとしました。いつか時間ができたら歩き遍路も挑戦予定ですが、今回はバスツアーで廻ります。笑顔をお届けできたらうれしいです。(^o^)
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