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五十八番札所 仙遊寺(せんゆうじ)作礼山の山頂近い標高300mの高台 #58 Senyuji

58

今治の高台にあって、眺望がしまなみ海道までみれて、すがすがしい気分がこみ上げてきた。
縁起によると天智天皇(626〜在位661〜672)の勅願により創建されたといわれています。※大化の改新で有名な中大兄皇子

天智天皇はご承知の通り、斉明天皇の皇太子で乙巳の変(いっしのへん)・大化の改新で有名な中大兄皇子です。中大兄皇子は百済の要請により母の斉明天皇ともに都を発ち、663年に朝鮮半島に渡り、新羅・唐の連合軍と戦いました。(白村江の戦い)。
この進軍の際に伊予にも立ち寄り、道後温泉付近に滞在し、温泉にも入ったと言い伝えられています。(斉明天皇は遠征の途中の九州筑紫で亡くなった)

聖徳太子がなくなり、天皇の政治が崩れはじめた頃、蘇我入鹿が力を握っていました。645年蘇我入鹿を中臣鎌足と天智天皇(中大兄皇子)が破り大化の改新がはじまります。そのころ日本に仏教を伝えた百済が、唐と新羅の連合軍に滅ぼされ、天智天皇(中大兄皇子)は援軍を送りますが、大敗します。(白村江の戦い)

天智天皇

1:公地公民・・・全ての土地は天皇のものとしました。

2:班田収授法・・・農地を農民に貸し出し、年貢を納める、口分田があたえられる

3:租庸調制(そようちょう)・・・「租(米)」とは別に、「庸(労働)」、「調(地方の特産品)」を税として治める

4:国郡里制(こくぐんりせい)・・・日本の土地を、「国」、「群」、「里」にわけて、それぞれに管理をする役人を任命

この制度ができて、立場の弱い農民は土地を守るため、武士のグループをつくります。平安時代には、国司が立場を利用して土地を奪ったり、余分に税を徴収して世の中が乱れ、武士団が更に結束されます。やがては、国司に任命された人は、都に戻らず自分の領地をもって残るものがでてきました。その中に「源氏」「平氏」という天皇の家系のものがいて、頭領となっていくのです。お寺傭兵をかかえて、土地持ちになり時代は激変してゆきます。

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境内は、山号になっている作礼山の山頂近い標高300mの高台にあり、今治の市街地や四国一高い今治国際ホテルは眼下に望める。その先には瀬戸内海に浮かぶ島々、さらには平成11年に開通した「しまなみ海道」も一望できる眺望豊かな地にある。
創建は天智天皇(在位668〜71)の勅願により、伊予の国主・越智守興公が堂宇を建立、本尊の千手観音菩薩像は天皇の念持仏として、海から上がってきた竜女が一刀三礼しながら彫って安置したとされる。このことから「作礼山」が山号となり、竜宮から届けられたという伝説もある。

さらに仙遊寺には、阿坊仙人という僧が40年にわたって籠り、七堂伽藍を整えるなどをしたが、養老2年(718)に忽然と姿を消してしまったという伝説が残っている。寺名はその阿坊仙人に由来している。
弘法大師が四国霊場開創の折にこの寺で修法をされたとき、病に苦しむ人々を救済しようと井戸を掘り、また荒廃していた七堂伽藍を修復して再興、寺運は興隆した。この井戸は旧参道の脇に残り、「お加持の井戸」として多くの諸病を救ったと伝えられ、信仰されている。
江戸時代には荒廃して本堂と12社権現だけとなっていたが、明治時代の初期、高僧・宥蓮上人が山主となり、多くの信者とともに再興に尽力した。宥蓮上人は明治4年、日本最後の即身成仏として入定している。境内には、上人を供養した五輪塔がある。

第58番札所 作礼山 千光院 仙遊寺
されいざん せんこういん せんゆうじ

宗 派: 高野山真言宗
本 尊: 千手観世音菩薩
開 基: 越智守興
創 建: 七世紀後半
真 言: おん ばざらたらま きりく
住 所: 〒794-0113 愛媛県今治市玉川町別所甲483
電 話: 0898-55-2141
テレホン法話 0898-55-3928
駐車場: 普通30台(400円)
マイクロバス4台(1,000円)
大型4台(2,000円)
宿 坊: あり(100人・予約必要)

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渡部雅泰ライター
こんにちは、四国愛媛在住でITの会社を生業としています。元旅行マンなので世界遺産に登録候補になっている四国八十八カ所を廻ることとしました。いつか時間ができたら歩き遍路も挑戦予定ですが、今回はバスツアーで廻ります。笑顔をお届けできたらうれしいです。(^o^)
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