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11.252015
○○山○○院○○寺というお寺の名前について考えた

31番札所 竹林寺の正式名は五台山 金色院 竹林寺。お遍路で訪ねる札所の正式名は○○山○○院○○寺という形式で呼ばれる、長くて覚えられないのだが・・・仏教というのはそれなりに意味を持っているようだ。
「高野山(金剛峯寺)」「比叡山(延暦寺)」
竹林寺は聖武天皇が行基に五台山に似た山を捜すように命じたのユワレがある、だから五台山。金色院という院号もあるけど寺の特色を表しているらしい。
なるほど、なるほど・・同じ寺の名前もありますからね。わかりやすいようにしたのでしょうか??
まあ、このぐらいの探求にとどめておきましょう。
山号(サンゴウ)
そもそも寺院名に山号を付与するようになったのは、中国に於ける事例がその最初であり、従って、インドやスリランカ、タイなどの南伝仏教の地域では山号は付与されてはいない。中国では六朝時代を経て隋代・唐代に仏教が普及し、同名の寺院が各地に建立されるようになって区別に難儀したため、その寺院が所在する地域の名称を付けて区別するようになった。一般的にこの当時の寺院は権力者の庇護を受け易い街中か、或いはその反対に人里離れた山中の何れかに建立されており、山中に建立された場合は、その山の名称を付与するようになった。やがて唐王朝が衰退すると共に、外護者を失った都市の寺院は会昌の廃仏の影響も受けて荒廃し、比較的山中に寺院を建立する事の多かった禅宗が、その直截な思想が受け入れられて地方の有力者の支援を受け、宋代にまで存続し得た。しかし、やがて寺院が持つ経済力が膨大なものとなり、国家の財政を脅かすようになっていった。そこで宋の太祖はまず寺院を全て免許制として国家の統制下に押さえ込み、次いで五山十刹制度を整備してピラミッド型の寺院組織を作り上げ、統制を強化した。
その制度が日本や朝鮮にも伝来すると、鎌倉五山の巨福山建長寺,瑞竜山南禅寺など禅宗寺院を中心に山号を付与するようになった。また、日本の場合、延暦寺や金剛峯寺は,それぞれ比叡山寺,高野山寺と呼ばれたが定額寺に認定され寺号が定まった。最澄も空海も霊山と呼ばれる山林で修行を行っており、霊山に寺院を建立し、霊山の名称を寺院名にする事で、自然の霊力を寺院に付与させようとした事によるものと推定される。
また、霊山以外の地域に所在する寺院や、禅宗以外の寺院で仏教用語を山号として付与している場合については、大乗仏教では『法華経』などの様々な経典を釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で説法したとされている事によるものと推定される。従って、釈迦ではなく、阿弥陀如来を本尊とする浄土系仏教の寺院については、山号が付与されていない場合が多い。wikipedia
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- こんにちは、四国愛媛在住でITの会社を生業としています。元旅行マンなので世界遺産に登録候補になっている四国八十八カ所を廻ることとしました。いつか時間ができたら歩き遍路も挑戦予定ですが、今回はバスツアーで廻ります。笑顔をお届けできたらうれしいです。(^o^)
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