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12.172015
八十八番札所 大窪寺(おおくぼじ)結願のお寺 #88 Okuboji

八十八番札所 大窪寺(おおくぼじ)結願のお寺
寺伝によれば、奈良時代の養老年間(717年 – 724年)に行基が開基し、弘仁年間 (810 – 823) に空海(弘法大師)が奥の院の岩窟で虚空蔵求聞持法を修し、薬師如来を刻んで安置したとされている。この時に空海が納めたとされる錫杖は、空海が唐から持ち帰った三国伝来のものと伝え、本尊とともに祀られている。
今回は讃岐路で84屋島寺、85八栗寺、86志度寺、87長尾寺、88大窪寺へ向かう。全16回のお遍路を1月から参加している方は今日が結願となるという、思い入れが深いお遍路最終回のクライマックス。バスでは結願にあたり、感謝のご接待でせんべいや、あまたい飴、チョコ、海産物の乾物、などが次々と回転寿司のように廻ってきて、餌をあたえられる犬のように与えられるだけ食べている。(笑)時には、小さな袋にお菓子とアクリルたわしのようなものをセットしておられる方もあり、思わず合掌せずにはいられない。
このお寺について、エレファントカシマシの「悲しみの果て」の歌詞が、僕の頭に舞い降りた、
悲しみの果てに何があるかなんて
俺は知らない見たこともない
ただ あなたの顔が浮かんで消えるだろう
涙のあとには笑いがあるはずさ
誰かが言ってた本当なんだろう
いつもの俺を笑っちまうんだろう
ずしんと、この曲が心の中にしみいる。
人の人生は、100%死への1本道だ、それがどうしたと、誰もが歯を食いしばる。そして、この結願の地にたどり着く、
そこから見える景色は、説明なんていらない。まだまだ理解できない、納得がいかない自分は、また足下にスタートラインをひきお遍路を廻るのだ、誰に認められようとするわけでもない、それを自分でくだらねえなどと、薄笑いを浮かべて納得する。そして、自分は自分を少しだけ、ボリュームがアップされた自分を褒めながら、自分を上書き保存するのだ。これでいいのだと。
結願(けちがん)の地、88大窪寺。すれ違う人に「ご苦労様です」と心で唱えても、声にはできない。小生のような、不作法なものが声をかけるなんて、不届き者と空からおしかりを受けそうだ。結願を達成された人の会話に我が耳は、人工衛星をおうようにアンテナを向ける。「とても幸せな時間だった、まだまだ歩けるよ」そんな結願の会話になぜかシンクロしてしまう、バスの中で結願証(2,000円)を広げている姿をのぞき込みながら、シャッターを切ったらどれもピン暈けしていた(笑)、みてはいけないのだと自覚した。
こうして四国八十八箇所を巡りながら、やはりお大師様のことを考えます。そこにあるのは、きわめて異端な遺伝子。大学をやめて一人山を巡りバガボンド(放浪者)したのは、仏教の修行をしながら、山岳修行では薬草や、山や土の性質を研究したからではないか、海に出ての修行では、さらに海洋学、天文学を身につけた。水脈を見つける、温泉を見つける、雨乞いで雨を降らすなどというのは野生動物のように修行していれば簡単だったでしょうか。そんなマージナルに位置するポジションをとるということで、満ちるものがあったとすると、それをいかに伝えるか?同じ事はとうていできません、だから護摩を焚き、真言をとなえる法力みたいな舞台もつくり、言葉悪いですがシャーマニズムみたいな極限状態でトランスを生み出し、考える力を増幅させると考えたのか?素人が考えるにも及びませんが、とても興味があります。
人生の区切りを打ち込むような88番札所、この88大窪寺をどのように消化していいかわからない自分をおさめつつ、山門でしっかりとお礼をした。
「すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなる」
人生で役立つものは、とんでもなく非効率という道を歩んでなければならないような気がしている。 『オリジナルとはとてつもない非効率の中にある』、そして何か大切な人や、モノを失って 七転八倒して悪戦苦闘し初めてわかることが多すぎる。
旅というのは、内蔵と内蔵がふれあうような、感動増幅装置を搭載している。停滞感、閉塞感、理不尽などを抱えていることが装置稼働オンのきっかけになるかも知れない。そのボタンは無意識のなかにあるような気がしている。人生は、無駄な金と、無駄な時間でできているんだ。そのくだらないモノだけが、無意識に振り子の幅をでかくするようだ。四国八十八カ所、バスツアーで16回、長い旅だ。
毎日、出会うのは他人だ。関わりたくない他人に関わらないと、人間は変われない。他人は10人中9人が敵だと思う。他人に理不尽の饅頭を食わされ、心に土足で入りこまれ、他人にボコボコにされる。それでも、そんなときにだね、一人が味方をしてくれたらどうだろう、僕は生きていけれるのだ。その一人と出会える、出会えないかがどんだけ大事か・・・。100人が敵をやり過ごせばきっと味方に会える、そう信じて今を進むしかない。きっとその一人は、優しいだろうね。
第88番札所 医王山 遍照光院 大窪寺
いおうざん へんじょうこういん おおくぼじ
宗 派: 真言宗
本 尊: 薬師如来
開 基: 行基
創 建: 養老元年(717)
真 言: おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
住 所: 〒769-2306
香川県さぬき市多和兼割96
電 話: 0879-56-2278
駐車場: 普通車100台、マイクロバス20台
大型車10台
終日無料
宿 坊: なし
この記事を書いた人 Author Profile

- ライター
- こんにちは、四国愛媛在住でITの会社を生業としています。元旅行マンなので世界遺産に登録候補になっている四国八十八カ所を廻ることとしました。いつか時間ができたら歩き遍路も挑戦予定ですが、今回はバスツアーで廻ります。笑顔をお届けできたらうれしいです。(^o^)
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