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5.232016
十八番札所 恩山寺(おんざんじ) 17日間の秘法を修し、女人解禁の祈願を成就して母君を迎えた #18Onzanji

大師の生母・玉依御前が讃岐の善通寺から訪ねてきた。だが、寺は女人禁制、大師は山門近くの瀧にうたれて17日間の秘法を修し、女人解禁の祈願を成就して母君を迎えることができた。
高野山も女人禁制とございますが、正直まだそのわけをホームページ調べてもまだ理解できません。
歴史の女性の姿をそうぞうすると、平安時代では、とくに身分のある女性は御簾越しに対面し、女性を介して会話をする。また歴史の本を読んでいても、産後の穢れを嫌い、産婦と赤ちゃんは自宅にもどって出産したり、結構、日をおいてから復帰できるようですので、なんとなくですがお大師様が17日間も祈ったというのはうなぜけますね。ただ・・お腹にすとん落ちるような、そのわけは、わからない。
恩山寺の歴史・由来
小松島市郊外の小高い山の樹林が心地よい、県指定の風致地区にある。縁起をたどると、創建は聖武天皇(在位724〜49)の勅願により、行基菩薩が草創して、当時は「大日山福生院密厳寺」と号した。本尊には行基菩薩が薬師如来像を彫造して安置し、災厄悪疫を救う女人禁制の道場であった。十九番霊場に向かって下る「花折り坂」という坂から上には、女性が入ることは許されていなかったのである。延暦年間(782〜806)になって、弘法大師がこの寺で修行をしていたころという。大師の生母・玉依御前が讃岐の善通寺から訪ねてきた。だが、寺は女人禁制、大師は山門近くの瀧にうたれて17日間の秘法を修し、女人解禁の祈願を成就して母君を迎えることができた。やがて母君は剃髪をして、その髪を奉納されたので、大師は山号寺名を「母養山恩山寺」と改め、自像を彫造して安置され「我が願いは末世薄福の衆生の難厄を除かん」と誓われた。弘仁5年(814)ころのことと伝えられる。
寺は「天正の兵火」で焼失しているが、江戸時代になって阿波藩主の庇護をうけて繁栄し、現在の本堂や大師堂は文化、文政年間(1804〜30)ころに建立された由緒ある建造物である。境内には玉依御前を祀る小堂があり、母君に孝養をつくして、大師が植樹した「びらんじゅ」は、県の天然記念物にもなっている。母君を慕いつくした大師のこころが、いまも宿っているような寺である。
お守りを信じるのは、才能。信じないのも、才能。(^O^) 18番恩山寺で摺袈裟(すりげさ)というお守り。
所持すれば、陀羅尼の功徳によって患っているすかなる病も治癒し、滅罪生善(めつざいしょうぜん)(悪い事を良い事に変える)の為にはこれ以上の功徳のあるもの無し、といわれています。どんだけすごいんやろ(^^;)
第18番札所 母養山 宝樹院 恩山寺
ぼようざん ほうじゅいん おんざんじ
宗 派: 高野山真言宗
本 尊: 薬師如来
開 基: 行基菩薩
創 建: 天平年間(729〜749)
真 言: おん ころころ せんだり
まとうぎ そわか
住 所: 〒773-0008
徳島県小松島市田野町字恩山寺谷40
電 話: 0885-33-1218
駐車場: 普通20台・マイクロバス5台・大型4台
午前7時〜午後5時 ・無料
宿 坊: なし
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- ライター
- こんにちは、四国愛媛在住でITの会社を生業としています。元旅行マンなので世界遺産に登録候補になっている四国八十八カ所を廻ることとしました。いつか時間ができたら歩き遍路も挑戦予定ですが、今回はバスツアーで廻ります。笑顔をお届けできたらうれしいです。(^o^)
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