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5.232016
十四番札所 常楽寺(じょうらくじ) 四国霊場のなかで唯一、弥勒菩薩を本尊に #14Jorakuji

弥勒菩薩は56億7千万年の後まで、衆生の救済を考え続けて出現するといわれる未来仏
なに、それはまだ産まれていないのか・・・。何億光年先からやってきてるんかい・・・。それにしてもうつくしい、女性にも、男性にもなれそうな気がするのは、俺一人だろうか・・。人間はもともと女性で生まれ、そこにY染色体があると男性が派生してくるらしい。そんな姿がここにありそうな気がしてしまう。
弥勒菩薩半跏像(宝冠弥勒)
常楽寺の歴史・由来
四国霊場のなかで唯一、弥勒菩薩を本尊としている。弥勒菩薩は56億7千万年の後まで、衆生の救済を考え続けて出現するといわれる未来仏である。とくに京都・広隆寺の国宝で、片膝を立てて頬を右手でささえ考える半跏思惟の弥勒像は、そのやさしいお顔の表情が美しく、お大師さまとともに光明を授けてくれるような仏といえよう。縁起では、弘法大師が42歳の厄年のころ、この地で真言の秘法を修行していたときに、多くの菩薩を従えて化身した弥勒さまが来迎されたという。大師はすぐに感得し、そばの霊木にその尊像を彫造し、堂宇を建立して本尊にした。この本尊について大師は、御遺告の一節に「吾れ閉眼の後、兜率天に往生し弥勒慈尊の御前に侍すべし。56億余の後、必ず慈尊と御共に下生し、吾が先跡を問うべし…」と触れられていることからも、常楽寺への篤い思いが偲ばれる。
後に、大師の甥・真然僧正が金堂を建て、また高野山の再興で知られる祈親上人によって講堂や三重塔、仁王門などが建立されて、七堂伽藍がそびえる大寺院となった。室町時代には阿波守護大名の祈願所にもなっているが、「天正の兵火」により焼失し灰燼に帰している。だが、江戸時代初期には復興、後期の文化15年(1818)に低地の谷地から石段を約50段のぼった現在地の「流水岩の庭」近くに移っている。奇形な岩盤の断層が重なる「流水岩の庭」。自然の美しさにとけ込む魅力を醸し出す。
国分寺から、常楽寺へは歩き遍路。
このツアーではじめて、寺から寺までを歩いた・・・気持ちいい。小さな日常で心が優しくなれるというのは、不思議な感覚だ。
第14番札所 盛寿山 延命院 常楽寺
せいじゅざん えんめいいん じょうらくじ
宗 派: 山真言宗
本 尊: 弥勒菩薩
開 基: 弘法大師
創 建: 弘仁6年(815)
真 言: おん まい たれいや そわか
住 所: 〒779-3128
徳島県徳島市国府町延命606
電 話: 088-642-0471
駐車場: 普通 約10台・無料
宿 坊: なし
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- ライター
- こんにちは、四国愛媛在住でITの会社を生業としています。元旅行マンなので世界遺産に登録候補になっている四国八十八カ所を廻ることとしました。いつか時間ができたら歩き遍路も挑戦予定ですが、今回はバスツアーで廻ります。笑顔をお届けできたらうれしいです。(^o^)
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